モグラのつぶやき

3月2日

AIBO

このところ映像関係のイベントが目白押しです。2月のINFOCOMM Japan に続いて今週は日本カメラショウ、その後9日からは29回プロフェッショナル・フォト・フェアです。ここでも話題はデジタル一色です。銀塩は成熟しきって人集めの話題にはならないということもあるのでしょうが、デジタルにあらざれば人にあらずという感じで、そうなると曲がったへそが一言いいたくもなってきます。
それは別にすれば初日の実践デジタルカメラ術などというセミナーはそれなりに面 白そうです。朝10時から夕方5時までびっしりで9000円ですから、木曜日が休診の方にはレベルアップに役立ちそうです。

 昨日ソニーのスキー仲間がAIBOを連れてきてくれました。何も役には立たないのですが歩いたり(走れない)座ったり、ひっくり返って大の字になったり、ボールを追いかけたりそれなりの芸はできます。基本動作は64MBのメモリーで、個体差を記憶する方は別 な8MBのメモリースティックということでした。これと比べると画像の容量 は大きいのだなと思いました。バッテリーは浣腸のようにお尻から、これが人気のようです。D1並のバッテリーで一時間とかで、こちらはかなり大食漢という印象です。最後に電源を切るとへなへなと崩れ落ちるところが何ともいえず、これが一人住まいの友になれるのかなと不思議でした。それにしてもこれが25万で売れるいまの日本、豊かなのか淋しいのかよく分からない世の中です。

[ページの先頭へ]

3月10日

カメラ・家電メーカー

 昔、ヨーロッパに旅行中、気に入った小物を買って帰ってホテルで改めて眺めていると、Maid in TaiwanだったりKoreaだったりしてがっかりすることがよくありました。
 これとは少し違うのですが、発売先のブランドで商品を提供するOEMはいま花盛りです。企業自体すら明日をもしれない時代ですから手間暇のかかる開発はできないし、さりとて自分の持っているマーケットは失いたくないという事情は理解できます。しかし下請けを使って製品をまとめるのとは違い、ラベルだけを貼り替えたり、外側の目立つ部分を変更するだけの場合も多いので、個性のない製品になることはさけられないようです。
 カメラを知らないメーカーが得体の知れないカメラを作るのも困りものですが、ひょうたんから駒ということもありますし、そうでなければ淘汰されるのであまり問題はないでしょう。ただいつまでも自分の形が決まらないなまくら四つ相撲は困ります。自分で開発しない会社の方では、その時の気分や担当者次第で買い付け先を変更されるのが困りものです。新機種になったとたん、形だけでなく操作法までも前の機種とは変えて旧タイプはよそのカメラのような顔をしています。ユーザーはまた説明書と首っ引きです。昨今のデジカメ乱世を見ていると、カメラメーカーとそうでないグループの製品系譜には、こうした違いを感じざるをえません。前者が耐久消費財という認識で製品作りをしているのに対して、後者は消耗品ととらえているといっても良いでしょう。
 戦前、ライカとコンタックスを下敷きにして始まったニコンとキャノンですが、競合の中で頂点に立った後も創業者の情熱は脈々として引き継がれているように思います。当時とは全く異なる社会になっても、生み出された製品の数々が無言の中に次の進路を指し示しているのでしょう。日産自動車になっては困りますが伝統は素晴らしいと思います。

[ページの先頭へ]

3月24日

移住31年目の乗客名簿

 朝7時には出勤、家での夕食は10時過ぎという連続で、さすがに先週は気にはなれど手が出せませんでした。そんな中でしたがNHKの「移住31年目の乗客名簿」という2夜連続の番組にはひどく感銘を受けました。ハイビジョンと総合テレビで繰り返し放映されましたので、暫く再放送はないかもしれませんが、もしありましたら絶対ご推奨です。

 話は戦後の南米への移民船あるぜんちな丸の船中から始まります。南米での大規模農園や牧場経営に夢をかける10代、20代の若者が熱っぽくその未来について語ります。その一人一人、あるいはカップルが南米各地に第一歩を記したのを見届けて第一幕は終わります。そしてその7年後にカメラは南米各地に散ったそれらの人々と再会します。成功した人、開拓地から町へ引き上げた人、船内を走り回っていた子供はすでにトラクターの運転で仕事を手伝ったりもしています。ここで終わっても20〜30家族の物語としてはそれなりの面 白さをもっています。

 ところがこのあと11年目、20年目、31年目とカメラは執拗にこれらの家族を追い続けるのです。子供たちは成長しそろそろ孫たちが増えています。事業が成功し南米に止まっている人、夢やぶれて日本に帰った人、結婚して日本に移住したが祖国への懐かしさを断ち切れないブラジル女性、つまずいた事業を日本での出稼ぎで取り戻した人、干ばつ、病害虫などによる農園の荒廃、病気、強盗に襲われての不慮の死などなど、すざまじいばかりのドラマを日本と南米を往復しながらカメラは見つめていくのです。もちろんそのドラマにも魅了されるのですが、何よりも31年間追い続けた相田洋というカメラマンに文字通 り畏敬の念を深く感じざるをえませんでした。31年前なぜ、彼は最終地アルゼンチンまで1ヶ月半もかかる移民船に乗り込んだのだろう。なぜ、船内で多くの若者に夢を語らせそれを克明に記録していたのだろう、ビデオに比べればはるかに高額なフィルムをどうして調達したのだろう・・・・。

 移住者のドラマもさることながら、彼のライフワークのインサイドストリーにすごい興味を感じました。

[ページの先頭へ]

[ 前月のコラム ] [ 次月のコラム ]

[ もぐらのつぶやきトップページへ]