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5月7日

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足場
一度立ち後れたらお終い!と年甲斐もなく頑張ってはいるものの、身の回りのすべてが目まぐるしく変わっていくのには閉口しています。少し立ち止まって考える余裕がほしいと思ってもなかなか許されません。
経過観察からいろいろなことを学んできたのも、基準になる固定点がたくさんあり、ゆるやかな流れの中で症例を見つめてこれたからです。インレーやクラウンの生存率を考えるにしても、セメントが燐酸亜鉛セメントのみだった時代には、支台形成、適合などを詰めて行けば何かの回答が見つかりました。しかし現在多用されているアイオノマーセメントにしても、数年のサイクルで製品は変わっています。接着性のためにレジン成分の入っているものも少なくありません。コンディショナーなど支台歯の表面処理も入ってきました。接着性セメントとなるとエッチングやボンディングもどんどん変わっていきますから、セメント名を記録しておいてもそれほど役には立ちません。かつては大切だったセメントの稠度や被膜厚さなどということもあまり問題視されなくなりました。
少なくとも10年ぐらいのデータの蓄積なしに確かなことが見えてくるとは思えませんが、現在の状況ではどこに足場を固め、何にフォーカスを当てていけばよいのか見当もつきません。一見確かそうな足場も、増水したり川の流れが少し変われば跡形無く消えそうな不確かさが予感されるからです。臨床の第一歩としてインレーの窩洞形成に取り組むといったスタンスは過去のもの!菲薄な残存歯質でも保存して修復すべきだという考えも成り立つからです。
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5月12日
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ホープレス
患者さんからの要望もあってのことですが、昔ならホープレスと決めつけていた歯も保存をするようになってきました。支台歯としてはともかく、あまり重い荷物を背負わされなければ、かなりの期間延命も可能なようです。さらに挺出、アップライト、再植、移植などの手法を駆使すれば、かなりの悪条件も克服できるようです。
ただ最終的にそれらの歯をどうして長期保存するかとなると問題は複雑になります。1〜2本に限局していたとしても単独での保存はむずかしく、周辺の歯牙の助けが必要になりますが、助けを求められた歯牙にとってはありがたいことではないからです。助けてもらう側の立場と、頼られる側の利害は通常拮抗します。支え合う一員になれれば良いのですが、ぶら下がるような一員であれば、保存の成果は情緒的なものにしかなりません。
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5月16日

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再建治療
一方、インプラントを筆頭に再建治療と呼ばれる先端治療も花盛りのようです。ここでは次の手とか経過対応とかは嫌われ、予知性という旗印のもと完璧な治療が追求されるようです。
時代が違いますがオーラル・リハビリテーションという名の下に全顎的な補綴処置が行われたことがあります。症例数は多くありませんが私自身にもその経験はあります。いずれも全顎的に荒廃状態の口腔内を立て直すには他に方法が無かったからです。しかしこれらの患者さんには共通な傾向がありました。治療期間中は熱心にわれわれの治療や処置に協力して頂きましたし、終了後も2〜3年は何とかそれが持続しました。しかしある時、凧の紐が切れたように連絡がきれ長期的経過は追えていないのです。一部の方が再診で見えたこともありますが、その時には振り出しに戻ったように沢山の問題をためこんでおられました。起きてしまったことの修復とともに、再発防止に必要なことも十分訴えたつもりだったのですが、独り相撲でしかなかったのです。人を変えることはむずかしいことですし、ほとんど不可能といってもよいかもしれません。しかし大掛かりな再建治療にこそその難題が課せられるのです。
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5月24日

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余暇
スキーシーズンも終わり、このところ週末は少々もてあまし気味です。間近に講演も原稿締め切りもないので夜もよく眠れます。My-Pixyのカウンターも着実な伸びを示しています。
「その割にはこのところコラムの更新が少ない!」
この手のコメントにこちらはいたく傷つくのです。売り言葉に買い言葉で
「そちらも見たらなんとか言ってこい!」とい言いたくなります。いっても返事がくる訳もないことは承知しながら休日出勤を続けているのは何故?と自問すること少なくありません。
患者さんからの問い合わせがくることもまれにはありますが、2〜3行のメールで治療方針の返事が書けるわけもありません。来院されてもセカンドオピニオンとして話しを聞いておくという方がほとんどですから楽しい出会いにはなりません。この面での期待は地図を見て頂くぐらいでしょう。
それでも続けていることには2つぐらい理由がありそうです。一つ目は自己紹介が必要なときに「お暇な折りにHPを見て頂けますか」とご案内できることです。見て頂ければ次の機会にはそこから会話が始められるので大いに助かります。はじめのきっかけは別なところでついていますから、ネット上で始まる人間関係のような不確かさはありません。
2つ目は自分の作った出版物やK-Macsのような開発品のご案内をできることです。効果のほどは微々たるものですが、雑誌広告のように大きな費用はかかりませんから製品に転嫁する必要はなくなります。いつかは産地直送型の流通ができるのではないかと夢見ているのです。
最後は意地です。やっぱりつぶれた1とはいわれたくないばかりに続けているのでしょう。
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5月29日

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時計の針を止めるな!
このところない頭であれこれ考えた結論の第一が、このキャッチフレーズです。
補綴を中心に臨床を積み重ねてきて、どうしても超えられなった壁でもあります。さまざまな配慮をして作り上げたつもりでも、われわれの製作した補綴物は装着したその日から崩壊が始まります。「生体と補綴物の接点」「人工物の宿命」などとは思いながらもそれを最小にする努力を続けてきました。
可撤性の補綴物に取り組むことで術後対応の魅力を感じ始めました。長期経過を続けているケースからは患者、術者ともども多くの恩恵を受けました。このことは事実なのですがその意味するものが、時の歩み、生体の変化に僅かながら近づけたのだという認識はしていませんでした。ある時点でいったん時期を限らなければどんな補綴も始まりません。この時点で時計の針は止まり、新たな時がスタートすることに変わりはないのです。
だからといって補綴を避ければそれで問題解決するわけではなく、人の生涯設計を見据えたものでなければならないはずです。歯科臨床の中心に総義歯がどっかり腰を据えていた時代に較べれば、たしかに大きな進歩はしてきたと思います。しかし再建治療が先端技術としてその空き家に入りこむようでは、歯科医療の意識改革は進歩したとはいえないでしょう。その日を限りに大きな断層が生体内に持ち込まれるからです。総義歯とともに再建治療が終末医療になる日のために、時計の針は止めてはならないのです。
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