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1月   ライアテア
   椰子の木茂る南の島でセーリングをするだけの目的なら、ヨーロッパと同じ10時間もかけてタヒチに行くこともないような気もします。それにフランスが好きというわけでもないのですが、星条旗ひらめくハワイと較べると街も人もひと味違って心地よいのです。長いこと週1回だった日本からの直行便もほどよい距離感を保ってきたようです。最後のきわめつけはリーフの美しさで、91年から数年間ほかの旅行はあきらめて年1回タヒチに通い続けました。

1月4日初日の出




   スキー場に行かなかったので毎朝日の出は見ていました。年末からほとんど毎日好天に恵まれたのですが、デジカメの画像では色合いはその日その日でかなり違っています。上の写真は12月30日6時59分、下は05年1月1日7時08分のものです。天候の具合もあるでしょうが、初日の出の方は童謡の歌詞ではないのですが「これは寝過ぎたしくじった」で空の赤みはこの後どんどん薄れてしまいました。雲の具合もあるらしく、この撮影前にも30日のような赤みはありませんでした。
   それでも日の出とともに起き出すのは良いもので、こんな情景から一日が始まると元気がでるものです。多事多難だった2004年ですが今年こそは明るい一年にしたいものと張り切っています。特にこのホームページは来訪者の大台のせを目前にして、より一層充実したものにしたいと考えています。トップページのデザイン変更はその第一歩で正月休みの成果です。
1月6日新しい船出




   1972年建造したS&S38 フィートの「わだつみ」がわれわれの手を離れてから20年、04年7月に志摩半島のヨットクラブで再会しました。(04.7.20、04.8.20)少々みすぼらしいその姿を見て何とかならないかなーと思っていました。幸い、始めは冗談半分だった4代目オーナー候補が次第に乗り気になって、この半年、復活に向けての足取りが次第に確かなものになってきました。長年の間に持ち込まれた所帯道具を降ろすと艇の喫水は10センチほど上がりました。しかしエンジンは動かず他のボートに引かれて新しい住処に移動、大幅な改造工事が始まりました。自分がやるわけではないので間に入ってあれこれ言っているだけなのですが、早く乗りたい新オーナーの気持ちはよくわかるので行程を急いでもらいました。
   ようやく1月2日に新装お披露目ということになって、早朝5時起きの新幹線で伊勢のヨットクラブに出かけました。行きは伊勢神宮の初詣、帰りの3日はUターンラッシュのピークと強行軍でしたが好天には恵まれました。
   われわれの時代には外洋レース艇として活動していましたが、2代目、3代目オーナーによって長距離クルージング用に改装され、大きなアンカーや長いチェーン、電動ウインチ、自動操舵措置などが取り付けられていました。とくに長いアンカーチェーンと電動ウインチは、艇の最前部にあるだけに大きな走りの障碍になっていたようです。これらが取り外され内外装にも手が入って昔の面影が戻ってきました。設計者のオリン J スティーブンスはアメリカズカップ艇などの設計を何度も手がけた人ですし、造船所も当時名だたるヨットを一手に作っていた加藤ボートです。生まれ育ちの良さは30年の年月を越えて甦ってきました。もちろん艤装品の進歩などからは取り残されていますが、ヨットらしい美しいラインはいつ見てもほれぼれします。気長にレストアして行けばまだまだ磨きはかかるでしょう。われわれの40代の思い出をぎっしり詰め込んだ「わだつみ」は、いま40代に入ろうとする4代目オーナーグループの夢をのせて走り出そうとしています。航海記録を辿ると地球何周かしているだろうという「わだつみ」は、人に恵まれ本当に幸せなヨットです。

1月11日初滑り
   暖冬のせいで例年より半月以上も遅い初滑りになりました。正月明けなら大丈夫とたかをくくっていたのですが積雪量は暮れからぴたりと変わらず、あわや!という心配もしてしまいました。ところが寸前になると本格的西高東低が定着という予報に、今度は一転して毎日吹雪かれるのではという懸念に変わりました。
   しかし白馬の入り口に位置するマイホームゲレンデは微妙に日本海側とは異なり、連日雪は降りましたが3日間降られっぱなしということはありませんでした。それどころか毎日50%は陽の光に恵まれ、コースや積雪も大事だが「高齢者には晴天率もきわめて重要」という持論を再確認できました。
   何十年続けていて初滑りは不安なものです。滑り出して一つ二つターンを繰り返すとだいたい落ち着いてくるにのですが、リフトで上っていくときは初心者のような気分になるものです。この点でもホームゲレンデが決まっていると大いに気が楽です。中でも朝の一滑りはゲレンデがきれいに整備されているので自信をつけるのには絶好です。早起きは得意なのでリフトの運転開始を待って滑り出し、雪面が荒れ始めたらさっさと引き上げてしまいます。どうせシルバー割引です。元を取ろうなどという人たちにつきあうのは禁物です。

1月28日ポルシェがきた


   どうしてそうなったのかはっきりしないのですが大学時代は卓球部でした。といっても、こちらはど素人で入ったのですが、入部した先は当時は名門校の一つで、中学高校で全日本で入賞したような人が何人もいました。まだ卓球そのものがマイナーだったうえ、部内では勝てる相手などいませんからいい思い出はないのですが、合宿や遠征に行けることは楽しみでした。進学課程2年目の正月休みには青森県の弘前にでかけました。練習は高校のオンボロ体育館、宿泊は先輩宅に居候でしたが学割の汽車賃だけで大旅行できることで大満足でした。一週間ほどの練習の最後の日「せっかく青森まできたのだから」ということで近くの大鰐温泉に初めてのスキーに出かけました。

   雨戸をたてたほこりだらけの体育館と白銀の山々、あまりの違いにびっくりして結局これがスキー転向のきっかけになりました。そんな弘前で散々お世話になり、卓球部逃亡兵にスキーの手ほどきもしてくださった先輩が先日ひょっこりお見えになりました。20年ぶりのことです。その上「まだスキーはやっているかい?。滑りいいスキーが手に入ったから持ってきたよ」とお土産まで頂いてしまいました。
   ケースから出てきたスキーは今時のチカチカしたデザインではありません。何とポルシェデザインのボルクルではないですか。
本来ならこちらがご挨拶にでも出向かなければならないところで目を白黒なのですが、シックなグレーのデザインは一目で気に入りました。問題はビンディングの所に貼ってある足跡マークです。大鰐のスキー工房の方が憶えていて下さってバリバリにチューンアップ、内外のエッジの角度が変えてあるのだそうです。1級のバッチテストも準指導員の検定も大鰐でしたから、地元勢に混じって悪戦苦闘するひ弱な東京のスキーヤーは印象的だったのでしょう。「普通は左右の足跡マーク通り、アイスバーンの時は・・・・」「ちょっと待って下さい。このところ軽トラばかりでポルシェは???」結果は2月の11日からの連休です。


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