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7月   ランギニア
   タヒチやボラボラよりはずっと東にあるツアモツ諸島の一つで、有名なダイビング・スポットです。ヨットで行くには遠すぎますからパペーテから飛行機を利用するしかありません。世界第2といわれる大きなラグーンを取り囲んで、細長い小島がリング状に連なっているだけで中心になる本島はありません。島の幅の広い所でも1キロ、ほとんどは200〜300メートルしかありません。この写真は幅20キロほどのラグーンを横切った対岸の島で、この犬は鮫の姿を見かけるや全力疾走で追い回す面白い奴でした。


7月1日バナー広告
   道楽歯医者の道楽Webサイトなどと悪口を言われているに違いないのですが、問題解決への第一歩として運営の健全化に着手しました。事の始まりはこれまでの資産が大きくなってプロバイダー契約を格上げしなければならなくなったことです。大きな出費でないにしても、医院運営にはほとんどプラスになっていないことにかなりの精力をさき、7年経っても赤字運転というのでは困るのです。顔を合わせると「いつも楽しみにしていますとか参考になっています。」といわれても、メールの一つも帰ってくるわけでもなし、相変わらずもくもくと原稿を書くだけではあんまりです。歯科商業誌が製作費のすべてを広告収入でまかないながら、まことに些少な原稿料しか支払わないのとは大違いです。
 Googleが運営しているGoogle AdSenseというシステムで、プロバイダー費用ぐらいは捻出できることが分かり、My pixy landで申し込んだところ審査が通りました。われわれのH.P上にスペースを用意すれば、こちらの内容に応じてGoogleが適当なバナーを送ってくるシステムです。こちらから広告の選別はできないので?マークのものも出てきますが、逐次変わっていくのでやむを得ないと思っています。しばらくは試運転ですがバナーのクリック数に応じて広告収入が支払われるようですから、来訪者の方々にはたくさんのクリックをお願いします。


7月4日2005臨床歯科を語る会
   今週末は年に一度の「臨床歯科を語る会」の総会でした。1981年の都ホテル東京を振り出しに日本青年館、代々木の青少年センターなどをわたり歩いて25年になります。今年からはこまばエミナースという、この会の運営にぴったりの会場が見つかり、新たな実行委員長のもと楽しく充実した2日間になりました。
 もともとこの会は小さなスタディグループが寄り合って、自分たちの臨床体験をディスカッションしようという集まりですから、企画運営から発表まですべて自分たちで行っています。新入会員以外は固定したメンバーだけの集まりなので、出席者相互の交流が密に図れることです。
苦しくてもボランティア運営を貫き、外から有名人を招いて人集めをしたことは一度もなく、海外からの演者にも特別待遇をしたことはありません。

 しかし、歯科界全体としては戦後60年が過ぎても外人タレント優遇は続いているようです。このところ歯科医師会など国内の学会の謝礼はかなりダウンし、2〜3時間の講演で10万円が普通になっています。国際学会だからといっても国内演者にはプラスアルファがでるくらいでしょう。しかしちょっと名前を聞いたことがある海外講師となると謝礼も数倍から10倍に跳ね上がります。その上、飛行機はファーストクラス、ホテルはスイートということになりますから、トータルコストは恐ろしい金額になります。戦後の外タレ崇拝の悪習は歯科界に限っては今も続いているのです。
 昔、日米の航空路線の不平等条約が問題になったことがあります。あのパンナムも今はなく、こちらは自然淘汰で解決したのでしょうが、歯科界の閉鎖性はまだまだです。


7月14日NSX

   わが溺愛するNSXの生産中止が決まりました。いずれ時間の問題とは思っていましたが次期新型車がはっきりしない中での打ち切りは残念です。自分自身では今後も乗り続けるるつもりですが、ホンダだけでなく日本車のシンボル的な存在だっただけに、一つの時代の終わりを感じさせます。世界一の自動車産業の座を確保してもフェラーリ、マセラティといった車と並べる車はこれしかないのです。優等生企業のトヨタがレクサスブランドの高級販売店網を展開しても私には無縁ですし、ホンダのショールームに並ぶワンボックスカーはみんな同じプラモデルのように見えます。
 10年前はじめて車が届いた日、まっすぐ家には帰らずその感触を味わいながら首都高速を2〜3周した時のことを今も鮮明に覚えています。走行距離がめきめきのびていくこと、雪道は走りたくないこと、屋根のない車にも乗ってみたいなどとゴルフのカブリオをサブにした時期がありました。形もかわいいし良くできたカブリオでしたが、やはり走りのフィーリングはいかんともできませんでした。乗り換えるたびに「おまえは○○だ!。おまえは△△△だ!。」といわれるのも可哀想だと思い、2年目のスキーシーズンの終わりとともにスタッドレスともどもお別れしました。スキー場へは新幹線とレンタカーという新交通システムに徹することにしました。

 今なお仕事を終えて20分ほどのドライビングは大きな楽しみです。乗り降りだけはちょっぴり苦痛ですがそれは儀式の一つ。レカロのシートに潜り込めば素晴らしい世界が迎えてくれます。車が少ない所で自分なりのライン取りを試みれば、下手なドライビングには文句ひとつ言わず絹のような感触で応えてくれます。キーを切って手作り感覚を残すキャビンを離れるときは、ちょっぴり名残惜しさを感じる毎日です。






7月20日NSXの続き
   7.15日の記事掲載の後、滅多にこないメールを山形のI氏から頂きました。これだけでも十分うれしいのですが、盛岡の○○団子のようにゴマ味が大分きいていて、おだてられれば悪い気がするはずもなく、そのままお披露目をさせて頂きます。

 ひとまねトヨタが逆立ちしても造れないリアルオリジナルスポーツのNSXをホンダが外してしまったのは、どうしてなのでしょうか。例によってカリフォルニア州の排ガス規制が障害だったのでしょうか。そんな米国のシェアばっかり計算しないで、国内だけでも売り続けて欲しかった。
カリフォルニア州の法律が世のスポーツカーをすっかり淡白にしている現実は、かつてのリトラクタブルヘッドライトを禁じた一件で分かっていました。金子先生のNSXもリトラクタブルヘッドライトではなかったかと記憶しています。
 NSXなきあと、2シーターではS2000があるじゃあないか値段も1/3じゃあないかとなるのでしょうが、エアーインテークがダミーであったり、キャビンの外見の造作が不細工であったりと、触手は動きようもありません。やっぱりNSXはセナ・プロストのマクラ−レン・ホンダF1に通じており、そこには憧れをもって本田宗一郎を尋ねた常勝セナが宗一郎から「もっと速いくるまつくっからね」と肩をぱんぱんと叩かれて思わず男泣きに泣いた逸話が息づいています。NSXの誕生が、六気筒フェラーリの存在を脅かした話を聞いたことがあります。それまでは燃費も悪くなかった328までの6気筒フェラーリがNSXとの競合を避け、NSX以降は路線を大馬力に振って燃費を捨てた経緯を知ったときには、NSXの表立ってはいない凄みを感じることができました。
 わたしの所有するゴーンさんのニッサン2シーターは初期型でして、走りはダメなのです。このカタチでこの走りはないだろう、とがっかりするほど走りはダメなのです。ただし雪道オーケーではあり、これだけは山形在住で重宝している理由です。

7月21日パソコントラブル集
  1. ロジックボード
     急激な進歩の後にはその歪みからいろいろ問題が発生してくるものです。30インチディスプレーが使いたくて、たいして必要でもなかったG5を導入したところから事件は始まりました。2週間ほどたったある日、それまでは静かでG4との違いを喜んでいた冷却ファンが、突如気が狂ったように回り始めました。終了することもできずアップルに電話をしても2時間以上つながらず、ついに元電源を落として帰宅しました。翌日から大騒ぎで結局はロジックボードを交換するということで、指定のガレージ屋に自分で持ち込み、ハードディスクの内容は保証しないという、とんでも無い紙にサインさせられて2日間入院になりました。
  1. 30インチディスプレー
     次は虎の子の30インチディスプレーのなかに、砂をまいたように1ピクセルの青い点が点滅し始めました。ハードが原因かソフトのせいか分からず、P-Ram クリアすれば治まるので様子を見ていましたが解消はせずビデオボード交換になりました。今度はマシンを運ぶ手間はなかったものの、型番の表記にも問題あり2度同じことを繰り返しましたが解決にはいたらず、七夕の星達は今も輝いています。とうとうマシン、ディスプレー2台のすべてを引き上げてチェックをすることになりましたが、運送の手はずが整わずのびのびになっています。

  2. マイクロドライブ
     そうこうしているうちにマイクロドライブからデータを読み込み中、フリーズという事件が起こりました。OS9の頃はカードリーダーがらみでよくあるトラブルでしたが、どうやら今度は様子が違います。
    まず2001年から使っていた1GBのものが、後を追うように新しい4GBのものもストップしました。その上に、確認をしようとした別のG4までそれ以来すっかり体調をこわしてしまいました。これ以外のCFは異常なく作動するのでマシン側の問題ではなさそうですが、これまで全く経験しなかったトラブルで、計5GBのマイクロドライブが露に消えたことは、釈然としないものがあります。捨てる踏ん切りもつかず、さりとて手を出すこともできないで悶々たる日々です。

  3. pictが消えた
     90年代にデジタル画像に踏み込んで以来pictという フォーマットは中心的な存在でした。デジタルカメラが入ってきて少し影が薄くなりましたが体制は変えず使い続けてきました。 JPEG2000が噂倒れでなかなか登場せず、RAWを使い始めるまでは私にとってjpgはサブ的な存在だったのです。ところがPhotoshopCS2のBridgeではブラウザ機能はそのままですが、スライドショーにpictは使えないらしいのです。昔の発表データをスライドショーで見ようとしたところ、サムネイルを拡大したようなモザイク模様にびっくりしました。汎用RAWフォーマットDNGがスタートするなか、PSD、JPEG、TIFF三つのフォーマットに囲まれて特徴があいまいなpictが整理対象になったようです。
     十分検討したつもりでもこの世界、メディアが変わったりフォーマットが変わったりついていくのは大変です。

7月28日サムネイルの不思議
   JPEG、PSD、などでは当たり前のことですが、RAWデータでは、これまでサムネイル表示はされたりされなかったり、カメラによってまちまちでした。代表的なところではニコンのNEFは2年ほど前から表示されるのにキャノンのCR2は表示されず、電話で問い合わせても「将来ともそんな予定はない!」と剣もほろろの回答でした。プラウザ上ではどちらも見えるのですが、フォルダーの中身が縮小画像で見えた方が便利なことは当然です。同時撮影でついてくるJPEG画像はそんな役にもたっていましたが、余分なものであることには変わりありません。
 ところが今日ふと気がつくと、これまで撮影したキャノンのRAWデータも縮小画像表示に変わっているではないですか。20Dで気にいらないトップ3の一つで、もう諦めていた時でしたが改善は結構なことです。ただどうしてそうなったのか?。誰の仕業なのかが分かりません。さらにごく一部ですが変わっていないものもあるのです。
始めは撮影年月日による違いかと考えましたがそうではありません。さらにいったん変わったものを、デスクトップ上に移動したりすると、またもとに戻ることもあるのです。犯人と考えられるのはAppleかAdobeでCanonの線はなさそうですが、最近OSは変更していません。(写真のフォルダー内も外も同じデータです。)テロではないので結構なことですが、仕掛けだけは知っておきたいので探索中です。

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