デジタル・スクエア

もぐらのつぶやき

こだわりの部屋


2005年その5

11月2日D200ついに登場
   長い長い沈黙を破ってAPS-Cで1020万画素のニコンD200が発表になりました。フルサイズのEOS 5D一色のカメラ雑誌が書店に平積みされる中、満を持しての登場です。この日を待っていたニコン党は少なくないはずですが、ここにも悪代官の圧政を堪え忍んできた隠れキリシタンがいます。発売は12月16日、後たった45日です。発表展示会のスケジュールもすべて決まっていますので、大日本ニコン党の幟を上げるためにも、不良資産の処分を急がねばなりません。
   D100が登場したときから、F100の生まれ変わりといいながら、その足下にもおよばぬ安普請は大きな不満でした。いつかはD200でその穴埋めを!という思いは、ニコンユーザーの悲願だったはずです。 ところがその後のラインアップはわれわれの願いを避けるかのように、D70、D50という入門機とD2H、D2Xというプロ専用機だけで、中核におさまるはずのD100の兄貴分は一向に姿を現さなかったのです。2002年から年二回の新製品発表シーズンを、何度失意の中で迎えたことでしょう。
   苦節3年余、涙ぐましいばかりの忠誠振りですが今度こそは大丈夫でしょう。気になるファインダーは視野率95%、倍率0.94%。さらに1.1倍のアイピースも用意されているようです。撮像素子はD2Xの流用、モニターは2.5インチ。起動時間0.15秒、レリーズタイムラグは0.05秒と申し分ありません。少し気になるのは830グラムという重さですが安普請を避けるには致し方ないのでしょう。(D100 も800グラムでした。)
   さらに嬉しいことはAPS-C用18〜200ミリのズームレンズが同時に発売になることです。約4段の手ぶれ補正つきと願ったりかなったりです。手持ちのレンズとややダブる点はありますが、これにワイド側のズームが1本あれば鬼に金棒です。 今月はすばらしいオープニングになりました。

11月6日35ミリとAPS


1.APSシステム
   デジタル一眼レフの撮像素子に使われているAPS-Cというサイズは、1996年にコダック、富士フイルム、ニコン、キャノン、ミノルタの5社連合が提唱し、各カメラメーカーも巻き込んで始まったカートリッジ入りの24ミリ判フィルムからきています。同じフィルムを使ってCタイプ、Hタイプ、Pタイプが選べるようになっていました。乳剤とフィルムベースの進歩で小さくても35ミリに近い画質が得られることや、磁気コーティングしたフィルムの耳の部分には、現在のEXIFのようなデータを記録できることが売り物でした。しかしフィルムメーカーとカメラメーカーの間ではその受け入れに温度差があり、参入を見送るカメラメーカーも少なくありませんでした。写真は一眼レフタイプのプロネアで3種類のズームレンズも用意されていました。しかし大半APSカメラは、ポケットカメラの小型化や使い捨てカメラに利用されただけで、新システムは定着しませんでした。わずか2〜3年後にデジタル画像の津波が迫っていることを誰も予見できなかったのです。

2.レンズ交換型デジタル一眼レフ
   1999年のD1に始まるデジタル一眼レフに、35ミリサイズの撮像素子を使うことは、技術的にも経済的にも無理だったようでAPS-Cサイズのものが使われました。35ミリフィルムカメラと較べると、撮像素子が小さくなった分だけ画角が狭くなるという不都合がありましたが、いずれ解決される問題と考えられていました。しかしどれだけのサイズがあればフィルムカメラに匹敵できるのかは、写真界全体でも暗中模索だったのです。
 その後の展開は当初の予想とは異なりました。APS-Cから35ミリへの撮像素子サイズアップは簡単ではなかったようです。早すぎた開発が命取りになってプロジェクト全体まで中断のやむなきに至るケースも出てきました。それとは別にデジタル画像の実用化が進むとともにその実力が見直され、デジタル一眼レフの撮像素子に35ミリフルサイズは必要なのか?という大きな疑問が生まれてきました。
 あらためて考えてみると、先行していた小型デジカメの撮像素子は、デジタル一眼レフのたった1/10という大きさのままで高画素のカメラも多数作られています。1/1.8インチかそれ以下という小さな撮像素子のままで10年近くも安定しているのです。
それなのにレンズ交換型のデジタル一眼レフだけが、その2倍3倍ではなく10倍もの撮像素子を使っていながら、フルサイズだ3/4インチだなどと騒いでいるのは、画質からの必然性ではなく、35ミリフィルムの膨大な資産をメーカーとユーザーが持っていて、それを変えたくなかったり互換性を維持したいからではないでしょうか。
(つづく)


11月7日35ミリとAPS(2)


システムを創る難しさ
   今、考えると写真業界すべてを巻き込んで、伝統ある35ミリのシステムに挑んだAPS (Adovanced Photo System)という構想は壮大なスケールでした。時に相反する多くの企業の思惑をとりまとめていく難しさは、その後のビデオやDVDの主導権争いなどにも共通しています。ちょうどデジタル化への狭間だったという不運で実りませんでしたが、もしここで24ミリサイズというシステムが確立し、レンズ交換型のカメラやレンズが数多く生まれていたら、現在の混乱はかなり少なくなっていたでしょう。撮像素子のサイズ、カメラの大きさ、画角、レンズの焦点距離といったカメラの骨格はそのままにデジタル化が進められたはずです。
   もしかしたらニコンD1は外側は完全に35ミリカメラですが、その内側にはAPSのブロネアが隠れていたのかも知れません。そして将来ともAPS-Cで行く方針を早い時期から決めていたように思えます。6年間10機種のニコンデジタル一眼レフの中にAPS-C以外のものはありません。したがってすべての機種でこれまでの35ミリニコンレンズは焦点距離1.5倍相当で使うことができます。しかし、このことはデジタル一眼レフはAPSのカメラだと割り切りながら、交換レンズのシステムには手をつけなかったということです。これまでの自社製品の保全とともにF6に至るフィルムカメラのユーザーを大切に考えたからでしょう。

専用レンズの必要性
 ところが営業的にD1X、D2Hなどだけの販売ではこの部門の収益確保は難しらしく、他社の大攻勢もうけてD100に続いてD70、D50と低コスト機優先路線に転向しました。ところが普及型デジタル一眼レフを購入する人たちは、フィルム一眼レフからの移行組とは限らず、ボディとともにレンズも必要な人が多いはずです。これらの人たちに「35ミリのレンズの焦点距離を1.5倍して・・・」など迷惑な話で、そのくらいならレンズ非交換型のデジタル一眼レフの方がよほど簡単なのです。
 新規ユーザーも取り込みには、これまでとは違った発想が迫られたのです。カメラメーカー各社は一斉にレンズ付きキットという販売方法を考えました。APSに合わせた画角の廣いズームレンズを安く作って、カメラ本体とセット販売するという方法です。レンズの定価は3万以下で通常の1/2という価格です。「見かけは35ミリ、中身はAPS」という矛盾や、これまで避けてきた小さな撮像素子への本格対応が迫られたのです。
 この間、積極的に製品のデジタル化を進めてきたのはタムロン、シグマなどの交換レンズメーカーです。フィルムカメラとのしがらみはカメラメーカーほどではありません。それより今後の大勢が問題なのです。両社とも自社製品のデジタルへのシフトは完了し、APS-C用レンズとの区分もはっきりしています。タムロンはDiとDiUレンズ、シグマはDCとDGレンズというグループ名ができています。ニコン、キャノンもAPS専用レンズにはDX、AF-Sという名称でカタログでも区分するようになりましたが、その数は各4本だけでシグマ、タムロンには及びません。  キャノンのデジタル一眼レフは機種ごとに撮像素子の大きさが異なり、焦点距離の換算も1.6倍、1.3倍、1.0倍とさまざまです。製品間の一貫性には重きを置かずその時々の製品作りを進めるのはキャノンの伝統ですが、商品サイクルが短いデジタル機器にはマッチしているのかもしれません。5Dを売りまくって中途半端なサイズの1D MarkUnは消していくのでしょうが、このネーミングといい、カワハギ親子間でもサイズが違う撮像素子といい、場当たり主義が日本を代表する優良企業の実像なのです。
(つづく)


11月8日35ミリとの訣別



   昔の頑固おやじとやんちゃ小僧という図式は、今では上下関係が逆転していますが、それぞれの性格は脈々と受け継がれているようです。もし血液型で相性を選ぶとすれば、A型の人はニコン、B型の人はキャノンとの相性がよさそうです。

   そんなことはともかく、もうAPSロードを進むのか、35ミリ路線を守るのかの選択は必要な時期にきています。デジタル一眼レフは外見は同じでも撮像素子の大きさによって、35ミリと24ミリのAPSとに分かれる宿命にあるのです。それを何時までもグシャグシャにしているのはカメラメーカーの陰謀です。APSのカメラでも35ミリスライドの能力は超えています。新聞紙大もの大型プリントが目的ならともかく、通常の用途にはフルサイズのカメラは必要はないはずです。これらのカメラはフィルムで中版と呼ばれていた6×4.5などの領域に入りつつあるのです。
   イラストはそれぞれの画像の大きさと、そのために必要なレンズのイメージサークルを示しています。APSは白のサークルですから小型なレンズでカバーできます。もちろん緑のサークルの35ミリレンズも使えますが、中央部だけしか使わないのであまりにも無駄が多すぎます。それよりも小型軽量で価格面でも有利なAPS-C専用のレンズを活用すべきです。現在はまだ種類豊富とはいえませんが、今後はこちらが中心になって開発されていくことは間違いありません。それが整ったとき、Adovanced Photo Systemという名で始まったプロジェクトが、フィールドをデジタルに変えて結実することになるのです。
   カメラにはマクロレンズとミニリングを付けっぱなしなしだから!といわれるとガクッとくるのですがニコンはDX、キャノンはEF-S、タムロンはDiU、シグマはDCがAPS-C専用レンズで全部で約20本が市販されています。

11月21日D200


   発表の翌日、まずは20Dの嫁入り先を探し、3日目にはビッグカメラから予約を入れました。D100以来の懸案はネット上のチェックで、ほぼ問題ないと思われたからです。予想より早く10日ほどしてカタログはできてきましたが、新たな情報はありませんでした。
 この時点で気になったのは非圧縮RAWのファイルサイズが15.8MBと極めて大きくなっていることでした。D70が5.0MB、20Dが8.7MBだったので画素数が上がったとはいえ信じられない大きさでした。これまでRAWに非圧縮、圧縮があることなどちっとも知りませんので、あれこれ考えても出発点からよく分からず、カスタマーサポートセンターに聞いてみました。始めは画素数が上がったからなどと怪しげなことを言っていましたが、D1以来の遍歴などで脅しをかけたところ「少々お待ちください」を連発した上、とうとうコールバックをするということになりました。その結果は私が使ってきたような中級機のRAWデータは、自社のみならず他社の場合も圧縮RAWが使われているという答でした。つまり私は非圧縮RAWは未体験だったのです。
 カタログでも圧縮RAWは非圧縮の50〜60%になるとのことですから、これなら7〜8MBで納得の数値になりますが今度は両者の差が気になります。しかしこの問題を電話でやりとりをしても前進はないので今後の課題にしましたが、やはり個人的ホットラインは必要という結論でした。

 3年前から切れ切れになっていた伝手を辿って行く中に、18日から新宿ショールームにD200の実機が配備されるということが分かりました。2日ほど遅れましたが20日(日)オープン時間を見計らって出かけてきました。フィルム全盛時代、日本橋ショールーム以来のお友達が専属で相手をして下さり、D200、18〜200のズームから、ちょっと歯科用には使えそうもないクローズアップスピードライトまで、いろいろ見せて頂きました。肝心のD200はF100の再来を願っていたわれわれの期待をいささかも裏切らない仕上がりでした。ちょっと軽めのシャッター音は意外でしたがこれもF100ゆずりともいえるかもしれません。快晴の28階か見るら東京の街並みは大きくクリアに戻ったファインダーを引き立たせてくれましたし、グリップ感や仕上がりは200グラムの重量アップをまったく感じさせませんでした。
 このまま持ち帰りたい気分一杯でしたが、あと25日、あと25日とつぶやきながら帰ってきました。20日発行のカメラ雑誌で本屋の店頭もちょっぴり楽しくなってきました。写真は歴代一眼レフですが、頑固に変わらないシャッターボタン回り「これがニコン、だからニコン」なのです。
12月15日20DからD200へ、



   違いはDが前か後ろか、そして0が一つ多いか少ないかですから、カメラにあまり興味のない方からは寝ぼけてるのかと思われるでしょうが、私にとっては子供の遠足同様1ヶ月半指折り数えたこの日この時だったのです。発売1日前にD200が届きました。昨日、お店に入荷しているのは分かっていたので、早く渡せと交渉したのですが結局今日になりました。毎日立ち寄っても5Dばかりだったカメラ雑誌の平積みコーナーにも、昨日は2冊D200特集号が出始めて寄り道も楽しくなりました。

   さてD200の第一印象ですが、サービスステーションで触ってみた時とはやはり大分ちがいました。数十グラム重くやや太めにはなりましたが、全体的な印象はかぎりなくF100の面影そのままです。表面のゴムはやや弾力があるD1ゆずりのものでしっとりと手になじみます。そのおかげかグリップ感が良く大振りなボディも気になりません。プラスティックにプリントしたD70などとは雲泥の差です。金属製シャーシと表面のゴムの効果もあってかシャッター音は実に軽やかでF100も越えたような感じです。改めて較べてみるとドシャンバタンのD70もひどいものですが、カワハギに到っては言葉がありません。やはりカメラには剛性ときちんとした衣服が必要なのです。
   クリアで広々したファインダーも戻ってきましたが、APScですからF100と完全に同じとまでは言えません。0が一つ増えた分だけ上面の表示パネルも背面モニターも広々していて老眼鏡も不要なくらいです。撮影画像の表示色もきれいですし何だか見やす過ぎて申し訳ないような気分ですが、電力消費はちょっぴり気になります。電池も新しくなったので杞憂かも知れませんが、最近流行の2.5インチモニターには暫く要注意と思っています。
   上面左側の動作モードダイヤルも漫画や緑のマークがないF100、D1型のもので,操作性も外観も一安心。右側のメインスイッチ、シャッターダイアル、コマンドダイアルは伝統的なレイアウトですが、メッキの色が濃くなって落ち着きをましました。総じて暫くぶりに自宅に帰ったような気分です。
   そろそろ設定などをして試写と思ったところへもう一つの荷物が着き、急に忙しくなってしまいました。オークションで落としたエプソンDLP7700です。段ボールを開けると通常のパッキング材ではなく、熊君のお腹に抱かれて送られてきました。ヨドバシやビッグカメラとは違ってほんのり人のぬくもりを感じました。目立った傷や汚れもなくこちらが先に試写完了。3000ANSIは額面通りですし、7000円のキャリングケースに収まってばっちりです。定価は80万台だったかと思いますが、今回の投資額は10万8000円也。もうプロジェクターは新品では買えません。


[2005デジタル・スクエアトップページへ]-ページ・トップへ-