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おばちゃん旋風が去って3週間。 完全に雪に閉ざされたイサカの町も、クリスマスが近づくにつれ、家々の窓のクリスマス飾りや街角のツリー、コモンズに並ぶ商店のイルミネーションなどで、いやがうえにも華やいだ空気が濃くなっていく。 今までが白黒の墨絵の世界だったのに対して、カラフルで光と夢の溢れるヒロ・ヤマガタの世界の到来だ。
勉強していても、学生たちの心は、誰にどんなプレゼントを贈るか、誰と何を着てパーティーに行くかという最重要問題でいっぱいだった。
それでも試験やレポートの提出はたくさんある。 週末はスポーツの単位を取るため、毎週近くの山へ行ってスキーだ。 残念ながら俺はソリでもう懲りていたから、誘われても遠慮して家で昼寝をしたり、いたずらをしたり……。
しゃくなことに、ダニーの奴もスキーを取ったから、 みどりと一緒だった。 でも、みどりはエキスパートのスキーヤー。 ダニーは初心者。あのでっかいダニーがスッテンコロリンと転び続けて、みどりに愛想を尽かされる姿を想像して、うっぷんを晴らすしかなかった。
みどりは、早々にショッピングモールへ行って、東京の家族みんなにプレゼントを買い、休暇を実家で過ごすプランに夢中だ。 俺だって、生まれて初めての海外旅行――それもとびっきり遠い、東洋の日本って国への旅行に期待を膨らませていた。
しかし、おもしろくないのはダニーだった。 奴にすれば、ステディーのガールフレンドとの初めてのクリスマス。置き去りにされるのは我慢ならなかったのだ。
ダニーだって実家に帰ればいいのだが、それよりアルバイトに精をだして、少しでも蓄えを増やしたかった。やはり女の子と付き合っていれば、男たるものそれなりの出費はある。
それに、みどりのルームメイト、ベティーのボーイフレンドが、少々バブリーなチャイニーズタイクーンの一人息子ときては、なにかとやりにくい。別に向こうをはるわけではなかったが、あまりみっともないまねはしたくなかったのだ。
このクリスマスだって、みどりのために、清水の舞台から飛び降りたつもりで、”ティファニー”のペンダントをメイルオーダーした。 白いリボンのかかったブルーの小箱は、もう、いつでも渡せるように、勉強机の上においてある。
――これを渡せば、みどりも気を変えて、東京に帰るのをクリスマスの後にしてくれるかもしれない―― そんな思惑があったに違いない。 いちばん効果的なタイミングを待って、ダニーは毎日それを渡すチャンスを狙っていた。

そんなある日、早めのクリスマス・パーティーがあった。 いつもはジーパンに、格子柄のネルのシャツ、フリースなんて男か女かわからないような格好ばかりしているみどりだが、襟元の大きく開いた黒いヴェルヴェットのドレスを着て、ハイヒールをはき薄化粧をした姿は、惚れ惚れするほどきれいだった。 いつもは後ろで束ねている髪も、ふんわりカールして肩に垂らしている。 俺はあんまりきれいなんで、つい、キラキラ光るストッキングに抱き付いてしまった。
「こら、シータス!、ストッキングが切れるじゃないの。いけません!」
なんと冷たいお言葉……。 しおしお離れた俺は、仕方ないからベッドの上から眺めることにした。 最後にもう一度、鏡をのぞき込みながら頬にルージュをはたいて仕上げをしているところへ、玄関のベルが鳴った。
「ハーイ」
華やいだ声で、もう支度のできていたベティーがドアを開ける。
<――あの野郎!>
外に立っていたのは、タキシードなんか着込んだダニーの奴だ。 花束まで持っている。 それをチョイとダイニングテーブルの上に置くと、奥にあるみどりの部屋に声をかける。
「ハーイみどり、支度はできた? まだちょっと時間があるけど、もう来ちゃった」
「すぐ行くわ」
部屋から出てきたみどりを見たダニーは、おおげさに驚いて見せる。
「みどり、あんまりきれいだから、誰かと思っちゃった! すごい、本当にきれいだ」
みどりは、ポッと頬を染めて、それでもうれしそうにほほ笑んだ。
ダニーは、みどりの肩を抱いて、頬にキスした。 俺はおもしろくなくて、おもしろくなくて……敗北感でいっぱいになった。 その腹いせにテーブルに置いてあった花束の真っ赤なバラをクチャクチャ噛んだ。
「アッ、シータス! 食べちゃった!」
すっとんきょうな声を出したのはもちろんダニーだった。
「アララララ……こんなになっちゃって、どうしよう」
どうやらそれは、みどりに持ってきた花束ではなく、今日のパーティーのお土産だったらしい。 みどりは落ち着き払って、そっとバラを1本抜き取ると、ポイとゴミ箱に捨てた。
「大丈夫、花の本数まで数えないわよ。このまま渡しちゃいましょ」
そこへジムもやってきたので、俺は軽くお尻をたたかれただけで、みんなは出て行った。 俺はダニーを困らせることすらできなかった自分がホトホト情けなくて、負け犬のようにベッドの下に潜り込んだ。

パーティーはひどく盛り上がったらしい。 だいぶ遅くなって戻ってきた4人は、底抜けに陽気で、みんなしてまた居間で飲み始めた。 といっても飲んでいるのは男連中で、ベティーとみどりは
「少し、お腹が減らない?」
と、台所へ入って昨日の残りでサンドイッチを作ってくると、二人してパクパク食べ始めた。 どうも女の子のほがよく食べるものらしい。 ジムとベティーは、この冬一緒に出かけるカリブ海クルーズのプランを熱心にしゃべっている。 ダニーは、ここぞとばかりポケットの中をゴソゴソ。 くだんの小箱を取り出した。
「ちょっと早めだけど、クリスマスプレゼント」
「あら、何かしら?」
箱を開けたみどりは、中から出てきた金台に小さなルビーの入ったペンダントを見て大喜び。
「ウワッ! ダニー、なんてすてきなの。ありがとう。こんなのとっても欲しかったの」
「そうだろうと思った。それに、みどりは誕生日が7月だから、ルビーがいいかなって」
「ああ、ダニー、なんてよく分かってるの!」

すっかり自信を持ったダニーは、時期はよしと例の件を切り出した。
「ねえ、みどり。そりゃ、ベティーとジムは婚約してるんだし、一緒に冬休みを過ごすのは当然かもしれないけれど、僕だってみどりとクリスマスを一緒にイサカで過ごしたいんだよ」
「あら……でも、クリスマスは、日本で家族とスキーに行く約束しちゃったし……」
「分かってる。でも、スキーなんて、なにもクリスマスに行かなくたって……」
「でもダニー、どうしてクリスマスは一緒じゃなきゃいけないの? 私たちどちらもクリスチャンじゃないし……。早く日本に帰るかわりに、お正月は早めにイサカに戻って来るって言ったでしょ? どうしてそれじゃいけないの?」
「そりゃ分かってるけど。みんなクリスマスは好きな子と一緒にパーティーに行くし……」
「パーティーは、全部あなたと行くことになっているでしょ? それに、ねえダニー、クリスマスって、もともとは家族で過ごすときなんじゃない? あなたもクリスマスくらいおうちに戻っておあげなさいよ」
「日本じゃ、お正月に家族で過ごすんだろ?」
「ええ、だから三が日は家にいるわ。でも、あなたとも一緒にいたいから、早くこっちに帰って来るのよ。
それに、年末年始は飛行機の切符がなかなか取れないの。特に猫を連れていると。いまさら変更なんて、絶対無理」
大枚はたいたプレゼントには大喜びしたものの、少しも譲らないみどりにダニーはかなり頭に来たようだ。
「いいよ、分かった。みどりは僕より、日本の家族の方が大切なんだね」
「ダニー、どうして比較なんかするのかしら? 子供みたいに。私には両親がとっても大事なのよ。 あなたも大切だけど」
今までの陽気さがシャボン玉のように消え、気まずい雰囲気と、ぎこちない沈黙が部屋を満たしたのは、猫の俺にも痛いほど感じられた。 みどりの椅子の背もたれの上で、ダラリとボロ布のように四肢を垂らして見物していた俺は、ソファの下に潜り込んだ。
「さあ、今日はみんな疲れているし、そろそろ帰って寝ようぜ、ダニー」
気をきかせてそう言ったのは、ジムだった。 ジムに追い立てられるまでもなく、プイと立ち上がったダニーは、さようならもろくに言わず出て行った。
後になって考えてみれば、みどりとダニーの間に、目に見えない亀裂が生まれたのは、そのときだったのだと思う。
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